対象となる病気target diseases

原発性肺がん

  1. 1. 肺がんの分類とその診断および治療
  2. 2. 肺がんの手術とその治療成績
  3. 3. 肺がんの手術後の補助療法
  4. 4. 肺がんの手術前の補助療法
  5. 5. 肺がんのオーダーメード治療:上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子変異とゲフィチニブ(イレッサ)やエルロチニブ(タルセバ)の効果

※(図1)や(図2)をクリックすると、図解が見られます。

肺がんの診断と治療について大事なこと

  1. 1.肺がんは、日本人のがん死亡原因の一位で、早期発見と早期治療が大事です。
  2. 2.肺がんの早期には症状が無いことが多く、また血液検査(腫瘍マーカー)やレントゲン写真でも異常が見つかりにくいです。早期発見には、たんの細胞検査・胸部コンピューター断層撮影(CT)やPET検査、などが役に立ちます。
  3. 3.早期の肺がんは、手術を中心とした治療によって治癒をめざします。手術も内視鏡(胸腔鏡)の使用により患者さんの負担も軽くなっていますし、手術に耐えられない患者さんを中心に放射線治療によっても良い成績が報告されています。
  4. 4.進行がんは、抗がん剤治療によってより長くより快適な生活が得られることを目指しますが、放射線治療との組み合わせによって治癒することもあります。
  5. 5.遺伝子検査などの発達によって、ひとりひとりの患者さんに最適な治療(オーダーメード治療)がすこしづつ選べるようになってきています。
  6. 6.がんの治療には、よいこと(効果)もわるいこと(副作用、時には治療による死亡)もあります。担当の先生のお話がわかりにくい場合には、他の医師の意見(セカンドオピニオン)もきいて、患者さんと家族が十分に納得したうえで治療を受けることが大事です。

はじめに

今から肺がんの診断と治療についてお話をしたいと思います。ご存知のように肺がんは非常に進行の早いがんの一つで、日本人のがん死亡原因の第一位です 図1 図1 )。
これからお話しする中には“怖い”内容も含まれています。なぜ、このような“怖い”お話もするかというと、患者さんや家族の方にがんの治療のメリットとともに、その危険性も理解していただいて、その上で自由意志に基づいて治療を選択していただきたいからです。
というのも、かけがえのない“命”というものは、他の誰のものでもなく、患者さん自身のものです。ですから、その大事な命を左右する治療は医師が一方的に決めるものではなく、患者さんや周りの家族の方の意見やさまざまな事情にあわせて、患者さんに治療法を選択する自由があるのです。
医学が発達した現在でも、がんを治すことは容易なことではなく、また手術・抗がん剤・放射線といったがんの治療には危険がつきもので、このような治療をすることによってかえって寿命を縮める結果になることもあるのです。
ですから、がんの治療の選択には、がんの種類や進行度といった医学的な事柄を踏まえた上での、患者さんや家族の方の意思が非常に重要になってきます。
もちろん、意思決定に必要な情報(特に次にお話しする“科学的根拠”に基づいた肺がんの治療法について)の提供や、また他の医師の意見を聞く(セカンドオピニオン)機会の提供など、治療選択のお手伝いは十分にします。
また、話が難しすぎてどうしても決められないような場合には、“自分や自分の家族だったらどうするだろうか”という考えに基づいた医師側の意見もお話しますが、私たちは患者さんや家族の方の意思を最大限に尊重したいと考えています。

肺がんの診断と治療に関する客観的な情報と妥当性については、我が国における肺がん診療に関する系統的ガイドライン、すなわちEBM (Evidence-based Medicine)の手法による肺がん診療ガイドライン(以下、“診療ガイドライン”、金原出版社刊)、にまとめられています(初版2003年発行、2005年改訂)(表1)。
これは、肺がん診療に従事する専門化向けに書かれたガイドラインで、患者さんや家族の方には理解しづらい部分も多いかと思いますが、客観的な情報を得るには貴重な資料のひとつです。
つまり従来は医師個人の経験などに基づいて治療を行ってきたわけですが、より科学的な根拠(エビデンス、evidence)に基づいた治療を目指そう、というものです。
この場合の”科学的根拠“、とは臨床試験、特に”ランダム化比較試験“で証明された事実、ということです。”ランダム化比較試験“、とは、同じ病気の患者さんをAという治療を受ける人たちとBという治療を受ける人たちに”くじ引き”で“ランダム”に振り分け、AとBのどちらの治療を受けた人たちのどちらがよりよい治療結果が得られたかを検討し、AとBのどちらの治療が優れているかをけっていする、といった臨床試験です。
ランダム化比較試験で従来の“標準“とされる治療に比較して、新しい治療が優れていることが科学的に示され、特に複数のランダム化比較試験で同様の結果が得られれば、新しい治療法が”新たな標準治療“として認知されるわけです。このように複数のランダム化比較試験の結果を統合的に解析する方法を、メタ解析(メタアナリシスmeta-analysis)と呼んでおり、メタ解析の結果が最も重要な”科学的根拠“とされています。

さて本題に入りますが、肺にできる悪性腫瘍(“がん”)は大まかに、肺から発生した“原発性肺がん”と他の臓器から肺に転移してきた“転移性肺腫瘍”、に分けられます。
“転移性肺腫瘍”に対しては、時に肺転移を手術で切除することもありますが、原則として腫瘍が発生した元の臓器の腫瘍の種類によって治療法が決まりますので、ここでは“原発性肺がん”にしぼってその診断と治療について述べます。
はじめにもお話したとおり原発性肺がんは、現在日本をはじめとして先進主要国での“がん”死亡原因の第一位を占める、非常に予後の悪い悪性腫瘍です (図1 図1 )。
その発生には喫煙が大きく関与していると言われ、喫煙している本人だけではなく家族などの周りにいる人も肺がん発生の危険が増加することが示されていますので、肺がんの発生を予防するために禁煙が非常に重要になります。
また肺がんが発生した後でも、喫煙を続けていると手術や抗がん剤および放射線といった肺がんに対する治療の危険が非常に高くなりますので、肺がんと診断されたら治療を安全に行なうために是非禁煙をしてください。

また、肺がんは先ほどお話したように胃がんなどの他の臓器の“がん”と比べて非常に予後の悪い腫瘍で、これは比較的早い時期から転移などを起こしてがんが全身にひろがることが大きな理由です。一般的には、肺がん患者さんの過半数は診断された時点で手術ができない状態で、手術ができない患者さんの余命は平均すると1-2年以内とされています。
このため肺がんでは、とにもかくにも早期発見・早期治療、が重要です。
あとでお話しするように、肺がんの診断方法はコンピューター断層撮影(CT)や“ペット“(FDG-PET)検査など最近非常に進歩してきていますが、残念ながら肺がん、特に”早期“の肺がん、はこのような最新の検査方法を使っても100%診断できるわけではありません。
ですから、CT等の検査で肺がんが疑われた段階で確実な診断なしに手術、ということも決してまれではありません。このような場合には、切除したら結果的にがんではなかったというケースもありえますが、肺がんの場合には見逃しは致命傷になりえますので、疑わしい場合は手術を含めた確実な診断、が望ましいと考えられます。
もちろん手術には一定の危険性が避けられませんので、”疑い“といわれた場合には十分に担当医と相談することが重要です。
また、別の医師に相談してセカンドオピニオンを求めることも考慮してもよいでしょう。我々の科は“呼吸器外科”といい、肺がんに対する手術を中心とした治療を行なう科ですので、肺がんに対する手術を中心とした次のようなお話をしたいと思います。患者さんや家族の方に理解していただけるようにできるだけ平易な言葉でお話を進めますが、正確な情報提供のために非常に専門的な言葉もたくさん出てきます。

また、これからお話しすることは一般論ですので、個々の患者さんについては当てはまらないこともあります。
あなたやあなたの家族の個々の例について“より詳しくお知りになりたい”、あるいは“相談したい”、と希望される場合には、当科(兵庫医科大学病院・呼吸器外科、兵庫県西宮市武庫川町1番地1、阪神電車武庫川駅下車すぐ)の外来に資料を持参の上お越しください(担当医の紹介状が望ましいです)。
患者さん自身が家族の方とともに受診されるのが望ましいですが、家族の方だけでも結構です(この場合には、“家族相談”という形となり、健康保険の適応にならず私費扱いとなります)。
私たちは、できるだけ時間をとって患者さんや家族の方にお話をして、十分に病気や治療について理解していただきたいと考えています。当院外来は基本的に予約制ですので、外来に予約なしに直接お越しになると、予約患者さんの診察の合間や後回しになってご迷惑をおかけすることになりかねません。
ですから、十分な時間をとるためにもできるだけかかりつけの先生などを通じて、できるだけ外来の診察予約をお願いします。

最近の科学技術の進歩によって、一見同じように見えても“遺伝子”とよばれる非常に細かいレベルでは患者さんひとりひとりの肺がんに違いがあることがわかってきました。
つまり同じ肺がんであっても、遺伝子の違いによって、薬の効き目などが大きく異なることがあります (図2 図2 )。
従って遺伝子を調べることにより、患者さん一人ひとりにとって最も適した治療(オーダーメード治療)を見つけることができるようになりました。
私たちは、患者さんや家族の方の意思を尊重して最も適した治療を提供したい、と考えていますが、この治療は大学病院である以上遺伝子解析のような最先端の技術を駆使した世界最高水準の治療でなければならないと日々努力しています。
そして我々は最終的には、患者さんや家族の方に満足して元気に退院していただけることを最大の目標として、このことに最大の喜びを感じ、そのためには時間や労力を惜しまない覚悟で誇りと生きがいを持って勤務に当たっています。ご心配や不明なことは気軽にご相談ください。

1. 肺がんの分類とその診断および治療

1.肺がんの分類 (図3 図3
原発性肺がんは、組織学的に“小細胞がん”、“扁平上皮がん”、“腺がん”、“大細胞がん”の四つに分類されます。
このうち小細胞がんは、早期にリンパ節や血行性転移をすること、また抗がん剤や放射線治療といった内科的治療が良く効くことから、手術の対象となることはまれです。これに対してその他の組織型では早期に発見して完全に切除することが最良の治療であり、小細胞がん以外の組織型を一括して“非小細胞肺がん”と呼んでいます[文献1, 2, 3]。
原発性肺がんの中で、小細胞肺がんは10-15%を占め、残りの85-90%は非小細胞肺がんに分類されます。非小細胞肺がんの中で、以前は喫煙との関連の深い扁平上皮がんが最も多かったのですが、最近は腺がんが著しく増加して現在では最も多い組織型(肺がん全体の40-50%以上)となっています。
また、大細胞がんは比較的まれな組織型で、肺がんの約10%を占めます[文献1, 2, 3]。

2.肺がんの診断:早期発見のために
肺がんの治療でもっとも大事なことは早期発見です。肺がんの診断法を (図4 図4 )に示します。
では、このうち早期発見に役に立つのはどれでしょうか?少し考えてみてください。 (図5 図5 )に、患者さんが間違いやすい“肺がんの早期発見の常識”、を示します。
まず最初に大事なことは、早期の肺がんは、多くの場合は症状がない、ということです。逆に言うと、症状が出たときには進行がんのことが多いのです (図6 図6 )。
次に胸部レントゲン写真です (図7 図7 )。
肺がんの診断というと、多くの方が思い浮かべるのが胸部(単純)レントゲン写真です。ただ、残念ながら胸部レントゲン写真で見つかる肺がんは必ずしも“早期“という訳ではなく、検診の胸部レントゲン写真で見つかった時にはすでに”手遅れ”ということもあります。
胸部レントゲン写真は、肺の末梢に腫瘍ができた場合には異常を見つけやすいのですが、肺の入り口付近(“肺門“)に腫瘍ができた場合には見つけづらい、というのが胸部レントゲン写真の弱点のひとつで、肺門に好発する扁平上皮がん等の場合に良くみられます。肺門にできた腫瘍では、咳や痰が初発症状のことも多いので、このような症状が続く場合には”風邪“だと思い込まないで専門医の診察を受けるようにして下さい。
特に血痰がでた場合には、必ず肺がんを疑って検査をおけることが必要です。肺門部にできたがんの診断には、痰の検査(喀痰細胞診)が有用ですので、かかりつけのお医者さんで痰の検査をしてもらうことも良いでしょう。
このような肺門に発生する肺がんの診断に最も有用なのが、気管支の”カメラ”、つまり気管支鏡検査です。気管支鏡検査は、呼吸をするところにカメラを入れるのでで、“胃カメラよりも苦しい”、といわれることが多いのですが、肺門部にできた特に早期がんの発見には必須の検査です。

最も多い腺がんの場合には、多くが末梢に発生します。ところが腺がんの早い時期には、非常に淡い“かげ”にしかならないことも多く、このような場合には普通の胸部レントゲン写真では(“見逃し”ではなく)見つけることが困難です (図7 図7 )。
肺がんは胃がんなどの他のがんと比べて早い時期にリンパ節や他の臓器に転移する傾向が強いので、胸部レントゲン写真でみつかった時には、“すでに手遅れ”、という場合もまれではないのです。
このような早い時期の腺がんの診断には、CT(コンピューター断層撮影)が非常に有用で、最近は人間ドック等での胸部CTで、早期の肺がんが見つかるケースも増えてきました (図8 図8 )。
早期の肺がんはただ、胸部CTはエックス線の被曝が胸部レントゲン写真に比べて大きいので、その利益と危険を考えて検査を受けることが重要です。
またCTと似た検査にMRI検査があります。CTがエックス線で体をスキャンするのに対して、MRIでは強力な磁石を使うという違いがあり、MRIではエックス線の被爆が問題とならない反面、体内にペースメーカー等の金属が入っていると撮影できないといった欠点があります。肺がんの早期発見には、MRIはCTと違ってほとんど役に立ちませんが、がんが骨などに広がっているかどうかをみるにはMRIは有用な検査です。

最近は、”ペット“検査ががんの診断に有効だ、というマスコミの報道をよく耳にします。
”ペット“検査、は正式には”FDG-PET(ペット)“検査、といい、グルコース(糖)の体の中での取り込みをみる検査です。つまり、グルコース(糖)を放射性同位元素でラベルしたもの(FDG)を注射し、体の中でのFDGの分布をスキャンします。糖は最も効率の良いエネルギー源ですので、糖の取り込みが高い細胞は、それだけエネルギーを必要としており細胞の活動が高いことを示します。
つまり、FDG-PET検査で異常にFDGが集まる部分には、細胞活動の異常に高い細胞、つまり”がん“細胞がいる、可能性が高い、ということになります (図9 図9 )。
FDG-PET検査はこのように、”がん“が体の中にできているかどうかを”おおまかに“調べる優れた検査ですが、決して万能な検査でないことに注意する必要があります。
例えば、”がん“細胞でなくても活動の盛んな細胞はFDGを異常に取り込む可能性があり、このような場合にはFDG-PETで異常が認められても”がんではない“(偽陽性)、ということが起こります。肺の場合には、結核などの炎症性の病気の場合に、このようなFDG-PETによる偽陽性がよくみられます。
また逆に、”がん“細胞であっても細胞の活動があまり高くない時や腫瘍が小さすぎる時、などにはFDG-PETでは見つからない(偽陰性)ことがあります。
また細胞の種類によっては、例えば肝臓がんなどでは、FDG-PETで異常が見つかることは少ないとされています。肺の場合には、腫瘍が小さい(直径1cm未満)時や分化度の高い腺がんなどの場合に、にこのような偽陽性がみられます[参考文献4] (図10 図10 )。
海外ではFDG-PETの診断能力は非常に高く評価されていますが、日本では結核などの炎症性疾患が比較的多いので、偽陽性率が欧米と比較して高いことが予想されます。
実際に日本で行なわれた臨床試験での、CTでがんかどうかの鑑別が困難な肺結節に対するFDG-PETの感度は92.0%(8%はFDG-PETで見落とし)と比較的高かったもののFDG-PETの特異度は67.4%と低く32.6%の患者さんはFDG-PETで異常と診断されたのにもかかわらず肺がんではありませんでした[参考文献5]。
従って、肺がんの早期発見の目的でFDG-PETを過信するのは禁物で、CTや他の診断法もあわせて総合的に判断する必要があります。CTなどでは検出できなかった予期せぬ肺がんの転移がFDG-PETによってはじめて見つかることがあるので、FDG-PETは手術前の遠隔転移スクリーニング検査として優れているとされています[参考文献6]。
そこで、当科では肺がんの手術前には原則として全員の患者さんにFDG-PET検査を受けてもらっています。
CTやFDG-PET等で肺がんが疑われたりまたは肺がんの疑いが否定できない時に、最終的に診断を確定する方法として手術により病巣を切除して確かめる、という方法があります。特に早期の肺がんでは、CTで経過を観察していても必ずしも長期間大きさに変化がない (図11 図11 )、ということも珍しくはありませんので、確実な診断のためには手術を躊躇すべきでないと思います。
以前は病巣を切除するために、大きく胸を開いて手術をする必要がありましたが、現在では多くの場合に胸腔鏡と呼ばれる内視鏡手術で病巣の切除が可能です。これについては、あとで手術のところで詳しくお話します。

3.肺がんの進行度分類
肺がんの進行度は、肺に発生した腫瘍がその場所でどの程度広がっているのか(T因子)、リンパ節転移の有無とその程度(N因子)、他臓器への遠隔転移の有無(M因子)、の三つの因子を総合的に判断して最終的にIA期からIV期までの七段階に分類します[参考文献7] (図12 図12 )。
先に述べた胸部レントゲン写真、CT、MRI、FDG-PETや気管支鏡検査などを行って、T/N/Mのそれぞれの因子を決定します。
この中でN因子、つまりリンパ節転移の有無とその程度、は手術をするかどうかの決定に非常に重要な因子です。特に胸の真ん中の“縦隔”と呼ばれる部分へがんが転移しているかどうかが治療法の決定に非常に重要で、CTやFDG-PET検査でも100%正確な診断は得られませんので、場合によっては縦隔リンパ節から直接細胞を採取してきて顕微鏡でがん細胞の有無を確認する必要があります。
この目的では、首の少し下を3cm程度切り、ここから縦隔にカメラを入れて組織を採取してくる、“縦隔鏡”検査が行われます。
しかしながら縦隔鏡検査をするには全身麻酔をかける必要があり、縦隔という心臓や大きな血管がある場所にカメラを入れることから、患者さんに一定の危険や負担がかかります。
最近では、通常の気管支鏡検査に引き続いて、超音波画像をみながら気管支鏡から縦隔リンパ節に針を刺して細胞を採取してくる、“超音波気管支鏡下穿刺吸引細胞診”(EBUS-TBNA)が行われるようになってきました (図13 図13 )。
当科では縦隔リンパ節転移の確実な診断のためにEBUS-TBNAを積極的に行っており、原則として最初にEBUS-TBNAを行いこれで診断が付かない場合に縦隔鏡を行うようにしています。

4.肺がんの治療
肺がんをはじめとするがんの治療には大きく分けて、手術、化学療法(抗がん剤治療)、および放射線治療、の三つがあります。
肺がんに対する治療は、肺がんの組織型(小細胞がんか非小細胞がんか)と肺がんの進行度を組み合わせ、これに患者さんの状態や希望などを考慮して決めることになります(表1)。
先に述べましたように、小細胞がんでは手術の適応になることがまれですので、ここでは非小細胞がんに限ってお話をします (図12 図12 )。
また、それぞれの治療法の進歩とともに治療の副作用や苦痛を最小限に抑える方法の進歩によって、10年以上前とは治療にともなう苦しさは非常に軽くなってきていますので、あきらめずに患者さんにあった治療法を考えていくことが大事です (図14 図14 )。
原則として非小細胞肺がんの治療は、“早期に発見して早期に手術で切除すること”、です。
病巣がある程度進行してしまうと、手術で取りきれてもがんの再発が高い確率で起こったり手術でとり切れなかったりしますので、このような場合には手術の対象とはなりません。
肺がんの進行度でいうと、早いほうから順番に1番目のIA期から4番目のIIB期まで、は手術の良い適応となります。5番目のIIIA期は、主として縦隔リンパ節に転移を認める(“N2“)ケースですが、この場合は手術の適応になる場合も手術が無理な場合もあります。IIIA期の中でも縦隔リンパ節に転移を認めないケースは、手術の適応とされます。
極めて早期の肺がんの場合には、放射線治療、特に定位放射線治療や重粒子線治療、などの適応になることもあります。
この場合には手術をしなくても治る可能性があるのですが、手術と違って歴史がまだ浅いので十分なデータの蓄積がありません。手術に耐えられるだけの体力のない患者さんなどは、こういった治療の非常に良い適応になりますが、手術に耐えられる患者さんの標準治療は現時点ではあくまでも手術です[参考文献2]。

一方で、IIIB期およびIV期は、特殊な例を除いて手術で治癒が期待できません。
このような場合には抗がん剤治療が治療の中心となり、放射線治療の効果が期待できる場合には放射線治療も併用します。肺がんでは診断時点で過半数の患者さんが手術不能、とされていますので、繰り返し言いますが早期発見早期手術が重要です。
ですから、胸部レントゲン写真やCTおよびFDG-PETなどから肺がんが疑われる場合、あるいは肺がんの疑いがぬぐえない場合、には肺がんの診断が確定していなくても診断と治療を兼ねて手術、ということもまれではありません。

今までお話してきましたように、手術前に病気の進行度(つまり病期)を評価して手術を行なうわけですが、手術で切除した病巣を詳しく調べてみると、実際には手術前に考えていたよりもがんが進行していた、または逆に思っていたよりがんが進行していなかった、ということがあります。
専門的には、手術前に評価したがんの進行度を“臨床病期”、手術後に病巣を詳しく調べて決めたがんの進行度を“病理病期”と呼んでいます。“病理病期”の方が、がんの進行をより正確に示す“ものさし”になるので、手術の後で“病理病期”に基づいて手術後の治療を考えることになります(“手術後の補助療法“を参照)。
また、手術できるかどうかぎりぎりの場合、例えば縦隔リンパ節に転移を認めるIIIA期(N2)のような場合、手術前に抗がん剤治療等を行ってから手術を行なうこともあります(”手術前の補助療法“の項参照)。

[参考文献]
1) Fossella FV, Komaki R, Putnam JB. MD.Anderson Cancer Care Series. Lung Cancer. New-York: Springer; 2003
2) 日本肺癌学会. EBMの手法による肺癌診療ガイドライン. 東京: 金原出版; 2005
3) World Health Organization classification of pathology and genetics of tumour of the lung, pleura, thymus and heart (Travis WD, et al eds). Lyon. IARC press, 2004
4) Gould MK, Maclean CC, Kuschner WG, et al. Accuracy of positron emission tomography for diagnosis of pulmonary nodules and mass lesions. JAMA 285: 914-24, 2001
5) “FDGスキャン・注”添付文書. 日本メジフィジックス, 2005
6) van Tinteren H, Hoekstra OS, Smit EF, et al. Effectiveness of positron emission tomography in the preoperative assessment of patients with suspected non-small cell lung cancer: the PLUS multicentre randomised trial. Lancet 359: 1388-92, 2002
7) Mountain, CF. Revisions in the international system for lung cancer. Chest 111: 1710-7, 1997

2. 肺がんの手術とその治療成績

1.肺がんの手術方法
肺がんの手術では、がんの病巣を含めて病巣のある“肺葉“ごと切除し、同時にリンパ節を郭清して転移の有無を確かめる、ことが基本的な術式になります[参考文献1] (図15 図15 )。
”肺葉“という言葉は耳慣れない言葉だと思いますので、少し説明をしてみます。
人間の肺は、右と左あることは良く知られていますが、実際には右の肺は”上葉“、”中葉“、および”下葉“と呼ばれる三つの”ふくろ“に分かれており、この”ふくろ“の中に吸った空気がいっぱい詰まっているのです。左の胸の中には心臓があるため、左の肺は右に比べてやや小さく、”上葉“と”下葉“の二つの”ふくろ“からできています。
肺がんの場合には、腫瘍の部分から周りの一見正常に見える肺の部分にがん細胞が散らばっている可能性があるので、がんの病巣だけでなく肺の”ふくろ“ごと切除をすることによってがん細胞を完全に取り除けるにします。
つまり肺がんの標準的な術式は”肺葉切除“、といって、例えば右肺の上葉にがんができていれば右上葉切除、を行なうことになります。
また、がんが”ふくろ“を越えてとなりの肺葉にまで浸潤しているような場合には、一つの肺葉を切除してもがん細胞が残るので片側の肺全部を切除する”肺全摘除術“などが行なわれることもあります。
更に、がんが血管や肋骨などの周囲臓器に広がっている場合には、血管や肋骨なども一緒に切除することもあります。ただ、がんの広がりが余りに広すぎる場合には、手術で取りきれないあるいは手術しても治る見込みが低い、ということもあります。このような場合には手術にならなかったり、たとえ手術を行なっても不完全な切除で引き返さなければならないこともありえます。
一方、極めて早期の肺がんでは切除する範囲を小さくして、肺機能の損失を少なくする試みもされています。
このような手術を“縮小手術”と呼んでおり、たばこをたくさん吸っていたために肺機能が悪い患者さんなどで、肺葉切除に耐えられない場合には良い適応とされます。
このような“縮小手術”では、切除せずに残した肺などにがん細胞が残っている可能性が否定できないため、“肺葉切除”に耐えられる患者さんにあえて“縮小手術”を行なうメリットは少ないと考えられています[参考文献1]。
当科では80歳を超えた高齢の患者さんでも、全身状態や肺機能その他の臓器機能が正常であれば肺がんに対しては“肺葉切除”を行なっており、現在のところ手術後の回復が悪いなどの問題は特に起こっていません。
これまでにお話したような肺がんの切除は、以前は胸を大きく開き、場合によっては肋骨を切って手術を行っていました(開胸手術)。このために術後の痛みが強く、また手術後の体力の回復も遅くなり、場合によっては肺炎などの重い合併症も起こっていました。
ところが現在では特殊な例を除き、“胸腔鏡“と呼ばれる内視鏡を使って、できるだけ創を小さくして手術ができるようになりました。
当科では、標準的な肺がんの患者さんの場合、”肺葉“を取り出すための5cm程度の創と、胸腔鏡を挿入する1.5cm程度の創、の二つの創で手術を行なっており、もちろん肋骨を切ったりはしません (図15 図15 )。
胸腔鏡手術では、狭い範囲を内視鏡で見ながら手術をするために、通常の開胸手術と比べて危険性が大きいとされています。
当科では、胸腔鏡で十分に安全性が確保できない場合には、先ほどの創を少しずつ広げていって安全に手術を行なうようにしています。ちなみに手術時間は2時間程度ですが、これは肺の状態などによって前後します。
また通常は、手術での出血量は200mL以下で、輸血が必要になる可能性は非常に低いです。
このようにして肺がんの手術を行った場合、特に問題が無ければ翌日から歩行開始となり、点滴や胸の管(”ドレーン“)が取れたら退院となります(当科での肺がん手術後の平均入院期間は10日以内)。退院後は定期的に外来を受診していただきますが、担当医から特別の注意がない限り特に日常生活での制限はありません。

2.肺がん手術の危険度
肺がんの手術を行う場合、現在の医学で妥当とされる血液・肺機能・心電図などの検査を行ない、手術が安全に出来かどうかを必ず確認します。
そこで糖尿病などの合併症が見つかった場合には、原則として内科的にこのような病気を治療してから手術に望みます。
しかしながら、がんが急に大きくなってきたために内科的知治療を待たずに手術をしなければならない場合や、肺機能が悪くて内科的治療では改善が見込めないような場合、などでは危険を承知で手術、ということもあります。
また、現在の医学では見つからなかったような病気が、全身麻酔や手術といった体へのストレスがきっかけになって、手術中や手術後に発症することもあります。現在は医学が発達して、どんな病気でも見つかって治るように思っておられるかもしれませんが、現代の医学ではわからないような体の異常や治せないような病気も少なくありません。
ですから、全身麻酔をかけて手術をする、という場合にはいくら手術前に十分な検査を行っても、そして医療行為に過失が無くても、一定の危険が避けられないのです。手術の危険性については、手術前に担当医から重ねて説明がありますが、日本全国の統計では肺がんの手術後(30日以内)に死亡する率は1%程度と報告されています[参考文献2]。
手術を受けるかどうかは、手術の必要性やメリットだけではなく手術の危険性も考えて、患者さん自身で決めてください。ちなみに抗がん剤治療や放射線治療も、がん細胞だけではなく体の正常細胞も傷つけるので、程度の差はあっても副作用は必ず起こり、副作用による死亡も2-3%の患者さんに起こるとされています。

肺がんの手術に伴う主な合併症として、出血、感染、空気漏れ(肺の縫った部分から空気が漏れる)、心筋梗塞・脳梗塞・肺梗塞などの循環器系障害、呼吸不全などの呼吸器系障害、その他肝臓や腎臓などの全身臓器障害、などがあります。これ以外の合併症もすべて網羅することは不可能ですので、詳しくは担当医にお聞きください。
これら合併症が生じた場合には、それぞれの専門家と相談しながらその治療に当たりますが、先にお話したように治癒せずに死にいたることや重い後遺症を残すこともあります。肺の手術後の合併症の中でももっともやっかいなのが、“急性肺障害”、と呼ばれる肺の合併症で、手術後数日してから起こることが多いとされています。
この合併症の発生頻度は1%未満と低いのですが、いったん発症すると肺の障害のために体に酸素を取り入れることができなくなって人工呼吸を必要とし、多くの場合は治療をしても回復せずに死に至ります。“急性肺障害”のはっきりとした原因は不明ですが、その発生には喫煙が深く関連しているとされています。“急性肺障害”は発症した場合の有効な治療法は確立されていないので、その発生の予防が最も重要で、このために手術前には少なくとも一ヶ月の禁煙が必要です。
もちろん喫煙歴の長い患者さんは、たとえ手術前に禁煙しても非喫煙者と比べて急性肺障害がおこる頻度は高いのですが、手術直前まで喫煙していると急性肺障害が起こる危険が極めて高くなりますので是非禁煙してください。
もちろん、肺がんの進行具合によっては、一ヶ月の禁煙期間を待つことなく手術せざるを得ない場合もあります。

3.肺がんの手術成績 (図16 図16
肺がんに限らず、がんの手術では“完全に取りきれた“としても、100%の患者さんが治癒するわけではありません。
がんの手術の場合には、一般的に手術して5年経過してがんが再発せずに生存していること、をがんが治癒したかどうかの目安とします。
そして、がんの手術の行った5年後に生存している患者さんの割合を、”5年生存率(正確には“5年全生存率”)、と呼んでいます。もちろん、手術後5年以上経ってからがんが再発して死亡することもありますが、一応の目安として“5年”が使われています。肺がんの場合には、手術受けた患者さん全体の5年生存率は50%以下、とされ胃がん・大腸がん・乳がんなどに比べて低い数字となっています。
但し、同じ肺がんと言っても非常に早い時期のものからかなり進行した時期まであり、早い時期であればあるほど治癒する確率は高くなります。先にお話したように、肺がんの進行度は、手術前にCT等の結果に基づいてまず決定(“臨床病期”)し、手術後には切除した肺やリンパ節を顕微鏡で詳しく調べて再度決定(“病理病期”)します。
“臨床病期”に比べて“病理病期”の方がより正確にがんの進行度を反映しているため、手術後の治る可能性や手術後の追加治療は“病理病期”に基づいて決定することになります。病理病期IA期は最も早い時期で、病巣が小さくて局所に限局しておりかつリンパ節や他臓器に転移を認めない肺がん、がこれに相当し、術後5年生存率は70-80%です。IBaII期aIIIA期と病期が進むにつれて5年生存率は低下し、IIIA期の中でも縦隔リンパ節転移を認める場合(N2症例)には5年生存率は30%以下です[参考文献1, 2, 3, 4, 5, 6]。
肺がんの予後は不良といっても、I期、特にIA期、で見つかった場合には手術患者さんの約3分の2が治癒する、わけですから、いかに早期発見・早期手術が重要か理解してもらえると思います。最近はCT検査などの進歩によってIA期で見つかる肺がんが増加しており、このような段階では、病巣が小さすぎて手術以外では肺がんの確実な診断がつけられない、こともまれではありません。
せっかく早い時期に見つかったのにみすみす進行するまで放置したために手遅れになった、ということにならないように、CT検査などで肺がんの疑いが否定できないときには診断が確定していなくても手術を患者さんに勧めるということもまれではありません。
では、“手術で完全に取りきれた”のに、全部の患者さんが治る(5年生存率が100%)わけではない、のはどうしてでしょうか?
これは現在の医学では、がん細胞が億個の単位で集まって1cmくらいの”しこり“をつくらないと、体の中のがんの存在を検出できない、ということが大きな理由です。つまり、がん細胞の一個一個はもとより、がん細胞が数十~数千個集まっても、CTやFDG-PETなどの画像検査でこれを検出することは極めて困難なのです。
ですから、手術前の検査でどこにも転移を認めずかつ手術で完全に取りきれたとしても、検出できなかった”微小な“がん病巣が体の中に残っていてこのがん細胞が手術後に増殖する可能性があるのです。
そして、残ったがん細胞が増殖してある程度の大きさの”しこり“になったときに、手術後の”再発“と診断されることになります。病理病期IA期のような早い時期のがんでは、このような”微小がん病巣“の残っている可能性が低いために、手術だけで治る可能性が高いのです。
一方で、IIIA期N2のような進行したがんでは、手術で取りきれたように見えても、実際には”微小がん病巣“が残っている可能性が高いために治る可能性が低い、と考えられています。
後でお話しするように、手術後に残っているかもしれない”微小がん病巣“をやっつけて、手術後の治癒率を向上させるために、手術後の追加治療(”術後補助療法“)、特に化学療法(抗がん剤治療)が行われるのです。
また、たとえがんが再発しなくても、心筋梗塞や脳梗塞などのほかの病気のために命を失ったり、または高齢の患者さんでは寿命がきたりして、手術後に命を落とすことがあります。このような理由から、“手術で完全に取りきれた”のに、残念ながら手術後5年以内に死亡する患者さんが出てくるのです。

[参考文献]
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3. 肺がんの手術後の補助療法

これまでにもお話しましたように、肺がんの中で小細胞がんは早くからリンパ節や他臓器に転移するので、手術の対象となることは非常にまれです。
また、小細胞がんには、化学療法や放射線治療が良く効くので、これら内科的な治療が中心となります。
一方、非小細胞肺がんは手術が最も効果的な治療法で、臨床病期IA期からIIIA期症例(縦隔リンパ節転移ありと術前に診断されたcN2症例を除く)では、まず手術(肺葉切除+リンパ節郭清術)を行なうことが“標準”治療として確立しています[文献1]。
ただ標準治療とはいえ、非小細胞肺がんに対する手術単独での治療成績は満足すべきものではなく、例えばIIIA期症例の術後5年生存率は20-30%にしか過ぎませんでした[文献2, 3, 4]。
そこで術後成績向上のために、手術前あるいは手術後に放射線や化学療法(手術補助療法)を追加する治療法の開発が臨床試験で試みられてきましたが、永らくその有効性が確立するには至りませんでした[文献1]。
つまり、2003年ごろまでは、肺がんの手術成績は芳しくないけれども追加治療で治癒率が向上する訳ではないので、早い時期の非小細胞肺がんの標準治療は“手術単独”だった訳です。
このような手術補助療法の有効性に関して大きな転機が訪れたのが2003-2005年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)です。米国臨床腫瘍学会(ASCO)は、例年5-6月ごろに開催され、各種“がん”におけるその後の“がん治療”の方向性を決定するような非常に重要な発表がたくさん行なわれます。2003-2005年の同学会では、非小細胞肺がんに対する手術後の化学療法の有効性を示す臨床試験が相次いで公表されたのです。
その結果、国内外において“術後補助化学療法(adjuvant chemotherapy)は標準治療である”との認識されるようになりました[文献5]。
ところが2006年のASCOでは、2004年のASCOで有効性が示された注射の抗がん剤の組み合わせ(カルボプラチンとパクリタキセル)[文献6]について、その後経過を見ていくうちに有効性が認められなくなった、という発表が行なわれました[文献7]。
また、2003-2005年のASCOで発表された3つの臨床試験で有効性が示されたシスプラチンという注射剤を含む化学療法は、副作用のために1-2%の患者さんが死亡する、という毒性の強さが問題となります。
つまり、手術後の抗がん剤治療が“標準治療”といっても、その効果と毒性を十分に考えながら行なわないと、手術はうまくいったのに手術後の抗がん剤治療で死亡した(あるいは重い後遺症が残った)、ということになりかねません。
そこで2006年10月時点で公表された臨床試験の結果を整理し、兵庫医科大学呼吸器外科での臨床実地での取り組みについて述べてみます。その要点は (図18 図18 ) に示しましたが、詳しいことは担当医にお尋ねください。

1.手術後の補助療法に関するコンセンサス-2003年以前
我が国における肺がん診療に関する系統的ガイドライン、すなわちEBM (Evidence-based Medicine)の手法による肺がん診療ガイドライン(以下、“診療ガイドライン”)[参考文献1]は、2003年にはじめて制定されました。
この時点では非小細胞肺がんの手術補助療法の有効性は確立しておらず、臨床病期I-II期症例やIIIA期のうち縦隔リンパ節転移を認めないT3N1症例の標準治療は手術単独、でした。
手術補助療法には、手術前に行なう導入療法(inductionまたはneoadjuvant therapyネオアジュバント療法)と、手術後に行なう術後補助(adjuvant therapyアジュバント療法)があり、このうち術前導入療法については後でお話します。
術後補助療法には、放射線治療と抗がん剤治療がありますが、このうち放射線治療は術後成績を向上させえず、むしろ早期症例では予後を悪化させる可能性あることが、PORTメタ解析(メタアナリシス)によって明らかにされました(1999年発表、2005年に改訂版発表[文献8])。
すなわち10のランダム化比較試験での術後放射線治療あり群(1107例)となし群(1125例)の比較の結果、術後2年生存率は前者52%で後者58%であり、術後放射線による術後死亡のハザード比は1.18 (95%信頼区間1.07-1.31;p=0.002)でした(病期別のハザード比は、I期が1.42[1.16-1.75]、II期が1.26[1.04-1.52]で、III期は0.97[0.82-1.14])。
ハザード比は、術後治療によって死亡の確率が何倍になるかを示す数字で、手術後の放射線治療により手術後の死亡率が1.18倍に増加することを示しています。ただ、腫瘍が進行したIII期では、術後放射線治療により死亡が0.97倍とやや死亡率が低下する可能性があり、このような病期では手術後の放射線治療も一定の効果があるかもしれません。
一方、術後の化学療法(抗がん剤治療)に関しては、シスプラチン(“プラチナ“という金属を含む代表的な抗がん剤)を含む化学療法が有用であるかもしれないとのNon-small Cell Lung Cancer Collaborative Groupによるメタ解析(メタアナリシス)[文献9]の結果が1995年に公表されました。
すなわち統計学的に有意ではない(p=0.08)ものの、シスプラチンを含む併用化学療法によって術後死亡のハザード比が0.87 (95%信頼区間0.74-1.02)と低下し、これは術後の5年生存率を5%改善する効果があるとされまし。
しかしながら、これ以降に報告された国内外のいずれのランダム化比較試験においてもシスプラチンを含む術後化学療法の有意な効果は示されませんでした。
また、我が国では、5-FU系の経口抗がん剤であるUFT(テガフールとウラシルの合剤)の有用性が1996年のWest Japan Study Group for Lung Cancer Surgery(WJSG)の二次研究で示されましたが、その後のランダム化比較試験では有意な予後改善効果が認められませんでした。以上のような状況から、2003年の“診療ガイドライン”では、術後補助化学療法が有効であるとの根拠は乏しい、とされていました[文献1, 10, 11]。

2.非小細胞肺がん手術補助化学療法に関する最近の知見とパラダイムシフト
ところが、2003年のASCO以降、術後補助化学療法(シスプラチンやカルボプラチンといったプラチナ製剤やUFT)の有効性を示すランダム化比較試験の結果が公表され、術後化学療法に関するコンセンサスにパラダイムシフトが生じました[4, 11, 12]。
その結果、2005年に改訂された“診療ガイドライン”では、術後化学療法に関する記載が大きく変更され、“術後病期IB,II,IIIA期非小細胞肺がん・完全切除例に対しては術後化学療法を行うよう勧められる”(推奨グレードB)、とされました。尚、2005年“診療ガイドライン”改訂版では、術後補助化学療法以外には他に大きな変更点はありませんでした[1]。

1) プラチナ製剤を含む術後補助化学療法
最初にシスプラチンを含む化学療法の有効性が示されたのは、2003年のASCOで公表(2004年に誌上発表[13]された欧州のグループ(International Adjuvant Lung Cancer Trial Collaborative Group [IALT])によるランダム化比較試験です。
IALT試験では、シスプラチンを含む術後化学療法(シスプラチンともう1剤、すなわち4剤のビンカアルカロイド[エトポシド、ビノレルビン、ビンデシン、またはビンブラスチン]から選択)により術後5年生存率が4.1%改善されることが示されました。
ただしこの試験では、化学療法の毒性(化学療法による死亡率0.8%)や術後補助療法レジメンの不均一さ(化学療法がシスプラチンを含む4つのレジメンからの選択で放射線の併用も容認)、等が問題点として指摘されました。
ついで2004年のASCOで、シスプラチンとビノレルビンという2つの抗がん剤を用いた併用化学療法の有効性が北米のグループから報告されました(NCI-C JBR10試験、2005年に誌上発表[14])。
すなわち、シスプラチンとビノレルビンを手術後に投与すると、IB-II期症例の術後5年生存率が15%改善されました。
ついで、2005年のASCOではやはりシスプラチン+ビノレルビンでIB-IIIA期症例の術後5年生存率が8.6%改善されるとのANITA(01)試験の結果(2006年に誌上発表[15])が欧州のグループから公表されました。
このような結果からシスプラチンを含む化学療法の有効性が再現性をもって確認されましたが、いずれも海外の臨床試験であり日本人では効果が確認されていないこと、いずれの試験においても術後の補助化学療法による治療関連死亡(IALT試験およびJBR.10で0.8%、ANITA試験で1.7%)が認められること、に留意すべきと考えられます。
また2006年のASCOでは、シスプラチンを含む術後化学療法の効果を検討した最近のランダム化比較試験(ALPI、BLT, IALT, JBR.10, ANITA)の症例ベースでのメタアナリシス(LACE)の結果が公表されました[16]。
これによると、術後にシスプラチンを含む化学療法を行うと、死亡の危険性(ハザード比)が0.89倍に有意に低下し(p=0.004)、術後5年生存率が43.5%(コントロール群)から48.8%(化学療法群)に改善することが示されました。化学療法レジメンに関しても探索的検討が行われ、これによるとシスプラチンとビノレルビンの併用で最も良好な結果(ハザード比0.80)が得られ、シスプラチンとビノレルビン以外の薬剤の組み合わせでは有意な効果が得られませんでした。
この結果はシスプラチンを含む化学療法の中でもビノレルビンとの組み合わせが推奨されることを示唆していますが、シスプラチンとビノレルビン併用療法では他のレジメンに比べてシスプラチンの使用量が多く(半数以上の症例で400mg/m2使用)、シスプラチンとビノレルビン併用療法の優位性はビノレルビンではなくシスプラチンの用量にも関連しているのかもしれません。
また、病期別にみた術後化学療法効果の解析では、II期やIIIA期では有意な予後改善効果(ともにハザード比0.83)が認められるのに対し、IB期では有意な有効性は認められなくなり、IA期で術後化学療法によりかえって予後を悪化させる(ハザード比1.41)、ことが示されました。
このことはシスプラチンを含む化学療法ではその毒性が問題となり、I期ではその効果よりも毒性が上回ることを示唆しており、術後のシスプラチンを含む化学療法はその効果だけではなく毒性にも留意することが重要です。
そこでシスプラチンよりも毒性の低いプラチナ製剤であるカルボプラチンが、より安全かつ認容性の高い術後化学療法レジメンとして期待されました。北米のグループによるCALGB9663試験では、IB期症例に対する術後のカルボプラチンとパクリタキセル併用化学療法の効果が検討され、1996年に目標集積症例数を500(両側検定でαエラー0.05)として試験が開始されました。
ところが症例集積が遅いために2000年に目標症例を384例(片側検定でαエラー0.05)と減らされ、2003年11月に中間解析で化学療法群が有意に予後良好であったために344例症例集積時点で試験が中断されました。その中間解析の結果が2004年のASCOで公表され、術後のカルボプラチンとパクリタキセル併用療法により術後4年生存率が12%改善されることが示されました(ハザード比0.62, p=0.028) [5]。
この試験では85%の症例が4コースの化学療法を完遂できとことと術後の化学療法による死亡がなかったことから、カルボプラチンとパクリタキセル併用化学療法が効果的かつ安全な術後化学療法として広く臨床実地で使用されるようになりました。しかしながらその後の経過観察で有意差が認められなくなった(ハザード比0.80, p=0.10; 術後5年生存率は手術単独群57%対化学療法群59%)、との結果が2006年のASCOで公表され、大きな衝撃を与えました。
この解析は2006年4月に行われましたが、死亡数(137例)が予定された死亡数(155例に達していないために未最終解析結果ではなく、いずれ最終結果が公表される予定であります。本試験では、副次的検討項目である無再発生存は化学療法群が有意に良好(ハザード比0.74[0.57-0.96], p=0.030)であること、探索的解析では腫瘍径4cm以上の症例では全生存も化学療法群が有意に良好(ハザード比0.66[0.45-0.97], p=0.04)であること、から、カルボプラチンとパクリタキセル併用化学療法は術後補助療法として一定の効果を有すると考えられています。

2) UFTによる補助化学療法
術後補助療法としてのプラチナ製剤の有効性がASCOで公表されはじめた2003年以降、同じASCOでUFTの術後補助療法における有用性を示す報告が行なわれました。
2003年のASCOでは、Japan Lung Cancer Research Group on Postsurgical Adjuvant Chemotherapy(JLCRG) による約1000例のI期腺がんを対象としたランダム化比較試験が公表され、I期全体では術後5年生存率を2.5%改善することが示されました(2004年に誌上発表[17])。
病期別の解析では、UFTの効果はIA期症例ではほとんど認めないものの(径2cm以上では有意)、IB期症例では大きな効果(ハザード比0.482[0.286-0.813], p=0.0051; 術後5年生存率は手術単独群73.5%対化学療法群84.9%)が認められました。
更に2004年のASCOでは、手術単独群に対するUFT単独投与の効果を検討した6つのランダム化比較試験の症例ベースでのメタアナリシスの結果が公表されました(2004年に誌上発表[18])。
このメタアナリシスには合計2003例(1002例の手術単独症例と1001例の手術後UFT投与症例)が含まれ、その大部分はI期症例(1982例、うちIA期1308例、IB期674例)で、組織型は83.8%(1697例)が腺がんでした。解析結果からUFT投与により術後死亡の危険が有意に低下し(ハザード比0.74 [0.61-0.88], p=0.001)、術後5年および7年全生存率も手術単独群77.2%および69.5%からUFT投与群の81.8%および76.5%と改善を認めました。
またサブセット解析では、UFTの効果は組織型(腺がんまたは扁平上皮がん)や病期(IA期またはIB期)に関係なく効果が認められました。

3.術後補助化学療法をどのように選択するのか?
これまで述べてきたような最近相次いで報告された科学的根拠に基づいて、“手術後に化学療法を行うことが標準”、と認識されるようになってきました。
ただし、ここで考えなければいけないのは、化学療法、つまり抗がん剤の毒性、です。
抗がん剤は程度の差こそあれ、必ず副作用が起こります。副作用がきつければ抗がん剤によって死亡することもあり、特に毒性の強いシスプラチンを使う抗がん剤治療では抗がん剤の副作用によって1-2%の患者さんが死亡する、と報告されています。
日本での肺がんの手術関連死亡率が1%程度とされていますので、ある意味では手術後に補助的に行う(シスプラチンを使った)抗がん剤治療は、手術よりも危険度が大きい、ということもできます。
また、抗がん剤の副作用によって死亡にまで至らなくても、その毒性のためにもともと我々の体に備わっている“抵抗力(免疫力)“を低下させる可能性があります。
”抵抗力(免疫力)が落ちると、がん細胞と闘う力も低下して、結果として抗がん剤治療を行うことによってかえってがん細胞の活動を盛んにしてしまうかもしれません。特に、肺がんの手術で体力が低下しているところに、更に体にとっても毒になる抗がん剤を投与することは、体にとって大きな負担になることが考えられます。
また、手術後に抗がん剤治療をしなくてもがんが治癒する可能性はあるわけで、I-II期の患者さんでは過半数の患者さんが、IIIA期でも20-30%の患者さんは手術単独でがんが治癒するのです。このような手術単独で治癒する少なくない患者さんにとっては、手術後の抗がん剤治療は何のメリットもなく抗がん剤の毒性にさらされるだけ、ということになります。
更に“術後化学療法の効果”という点から見ると、手術単独ではがんが再発する(つまり手術後の化学療法が必要な)患者さんにとっても、手術後の化学療法が必ず効果があるわけではない点に注意する必要があります。
すなわち、術後に化学療法を行っても、その効果がなくがんが再発する患者さんがでてくるのです。実際に、これまでに有効とされている手術後の化学療法による術後5年生存率の上昇は10%程度であり、このことは術後の化学療法の効果が期待できる患者さんは10人のうち1人に過ぎない、ということを示唆しているのです。

以上をまとめますと、完全切除を受けた肺がんの患者さんは基本的には手術単独で治癒する可能性があり(術後化学療法不要な患者さん)、全患者さんの中で一定の割合の患者さんのみが手術後も微小病巣が残存しており術後に腫瘍再発して死に至る(術後化学療法必要な患者さん)、ことになります。
更にこの化学療法が必要な患者さんの中でも、化学療法が効かない場合には腫瘍再発により死に至る訳であり、手術を受けた患者さん全体の中で化学療法が(本当の意味で)必要でかつ効果が期待できる患者さんはわずかに10%程度に過ぎない。
つまり、90%という大多数の患者さんにとっては、化学療法は不要または無効であり、単なる毒となることを示唆しています。従って、術後化学療法を施行するに当たっては、その利益と危険を十分に勘案して施行の適否と使用薬剤(レジメン)の選択を行うべきです。

それでは具体的に、どのように手術後の抗がん剤治療を選択していけばよいかについてお話したいと思います。
これに関しては、“科学的根拠”の解釈は一人ひとり少しずつ微妙に異なると思いますので、あくまでも我々の解釈に基づいた見解とお考えください。
抗がん剤治療を行う際に最も重要なのは、手術をして切除した肺やリンパ節を病理学的に検討してがんの広がりを決定した“病理病期”です。
当然のことながら非常に早い時期のIA期では、手術単独での治癒率が非常に高いので、一般的には手術後の抗がん剤治療は不要とされています。
しかしながらIA期でも腫瘍径が2cmを超える場合には、再発の可能性が少し高くなるので、抗がん剤治療の対象となりえます。このようなI期の患者さんでは、それほど強い抗がん剤は必要ないと考えられ、最も毒性の弱いUFTの内服治療(通常、手術後2年間内服)が良いでしょう。
I期の患者さんでは、強いシスプラチンを含む点滴の抗がん剤治療を行うと、効果よりも毒性が強く現れるために、かえって手術後の死亡率を高めて逆効果となります。従って、I期の患者さんでは、シスプラチンの使用はすべきでないと考えられます。同じ点滴の抗がん剤として、カルボプラチンとパクリタキセルの組み合わせ、はシスプラチンよりも毒性が低く手術後でも比較的使いやすい抗がん剤の組み合わせです。先にお話しましたように2006年のASCOでの発表では、カルボプラチンとパクリタキセルはIB期患者さん全体には有意な効果を示せませんでしたが、腫瘍径4cm以上の場合には有効であったことから、IB期の中でも再発の危険性の高い患者さん(例:腫瘍径4cm以上、腫瘍マーカー高値例)ではUFTの代替またはUFTと組み合わせての使用が考えられます。
病理病期II期やIIIA期のようにがんがある程度進行してしまった場合には、UFTでは効果が不十分と考えられます。
このような患者さんに有効性が示されているのは、シスプラチンを含む化学療法、だけですので毒性のことをのぞけば選択肢はシスプラチンを含む化学療法、ということになります。
また、シスプラチンを含む抗がん剤の併用療法の中では、ビノレルビンとの組み合わせがそのほとんどを占めており、シスプラチン+ビノレルビンが“科学的根拠(エビデンス)”の点からは標準的な組み合わせと考えられる。
しかしながら手術のできない進行非小細胞肺がんにおいては、北米の臨床試験(TAX326、[19])においてシスプラチン+ビノレルビンよりもシスプラチン+ドセタキセルの組み合わせの方が、奏功率(24.5%対31.6%、奏功率とは治療により腫瘍径が30%以上縮小する確率をさす)・生存期間(1年生存率41%対46%、生存期間中央値10.1月対11.3月)のみならずQuolity of life (QOL、生活の質)や毒性(体重減少)も低いことが示されています。
このような進行肺がんにおけるエビデンスを考慮すると、手術後においてもシスプラチン+ビノレルビンにこだわらずにシスプラチン+ドセタキセルを選択することも妥当であると考えられます。シスプラチンを含む併用療法においては特に毒性が問題となるので、患者さんの安全を第一に考えてそれぞれの施設で使い慣れている抗がん剤治療を選択することも重要であると考えられます。
またII-IIIA期でも高齢や体力的に不十分(特に腎臓機能が不十分)な患者さんでは、シスプラチンの毒性が問題となります。このような患者さんでは、毒性が比較的軽くかつ術後補助療法として一定の効果を有するカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法が考慮されます。

[参考文献]
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4. 肺がんの手術前の補助療法

我が国における肺がん診療に関する系統的ガイドライン、すなわちEBM (Evidence-based Medicine)の手法による肺癌診療ガイドライン(以下、“診療ガイドライン”)[参考文献1]は、2003年にはじめて制定されました。
この時点では非小細胞肺がんの手術補助療法の有効性は確立しておらず、臨床病期I-II期症例やIIIA期のうち縦隔リンパ節転移を認めないT3N1症例の標準治療は手術単独、でした。

すなわち、術前の導入療法(inductionまたはneoadjuvant therapy)に関しては、1970年代に放射線単独では意味がないことが確認されたために、化学療法が多くの臨床試験で試みられた。その結果1994年に2つの臨床試験において術前化学療法の有効性が示された(RothおよびRosell)が、2000年以降に報告された3つの臨床試験ではいずれも術前化学療法の有効性を示すことができず、標準治療としては推奨されていません。
更に化学放射線療法は最も強力な術前療法ではあるが、その毒性の強さから臨床実地上で推奨される治療ではないとされています[1, 7]。

1) 田中文啓、奥村好邦、長谷川誠紀. Induction - Induction therapy後の外科療法の問題 -. MOOK 2005-2006 肺癌の臨床. pp281-289. 東京: 篠原出版社; 2006

5. 肺がんのオーダーメード治療:上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子変異とゲフィチニブ(イレッサ)やエルロチニブ(タルセバ)の効果

5-1、抗がん剤と分子標的薬剤
肺がんで手術ができないような進行例や、手術後に再発した場合には抗がん剤治療が中心になります。
ここで一般的に言う抗がん剤は、“がん”細胞をやっつける薬ではなく、“元気な”細胞をやっつける薬なのです。
“がん”細胞は、正常の体の細胞と比べて、非常に元気で活発に活動しているので、抗がん剤を投与するとがん細胞を非常に攻撃するのですが、元気な細胞であれば正常細胞でも傷つけますので、当然ながら副作用が生じます。
これに対して、正常細胞には異常がなくてがん細胞にだけ異常がある“分子”を見つけ、これを攻撃する薬を創れば、がん細胞だけを効率よく殺すことができます。
このような薬を“分子標的薬剤”と呼び、最近開発されているがんに対する薬は分子標的薬剤が中心です (図20 図20 )。
この中で肺がんに対して使用される分子標的薬剤はゲフィチニブ(商品名、イレッサ)とエルロチニブ(商品名、タルセバ)で、ともに上皮最長因子受容体(EGFR)と呼ばれる分子の細胞内活性部分(チロシンキナーゼ)を攻撃する薬で、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)と呼ばれます (図21 図21 )。

5-2、上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異とイレッサ・タルセバ
肺がんの中には、EGFR活性化部分の遺伝子に変異が起こってがん化したものがあります。
つまり、EGFR活性化部分の遺伝子に変異が起こったために、常にEGFRが活性化されて細胞が異常に増殖するのです。
このようなEGFR変異は、女性やタバコを吸わない人に起こった腺がんに多く、また人種的には日本人をはじめとする東アジア人に多いことが知られています。このようなEGFR遺伝子変異がある場合には、この部分を攻撃するイレッサやタルセバなどのEGFRチロシンキナーゼ阻害剤が非常に効果があることが期待されます。
また逆にEGFR遺伝子変異がない肺がんでは、この部分だけを攻撃するイレッサやタルセバの効果は低いと考えられます (図22 図22 )。
我々の経験でも、進行肺がんで従来なら余命1年以内と考えられた患者さんが、遺伝子解析でイレッサが効きやすいタイプと診断してイレッサを投与したところ、2週間で影がすべて消失して5年間元気にされています (図23 図23 )。
イレッサやタルセバは、効かない患者さんにとっては、肺障害という致死的な合併症の可能性を起こす可能性があるので、遺伝子解析によって効くか効かないかをあらかじめ予測することは非常に重要であると考えられます。