研究についてstudy

当科では患者さんに対する呼吸器外科治療を行う一方で、臨床研究ならびに基礎医学研究を継続的に行っております。たとえば、肺がんに対する治療成績向上のため生物学的特性の解明とこれに基づいた治療に関する探索的研究。最近社会的関心を集めている悪性胸膜中皮腫に関する基礎研究および臨床的研究。新しい診断法、検査法の研究開発などです。

共同研究機関

  • 兵庫医科大学 呼吸器RCU科
  • 兵庫医科大学医学研究科 分子病理学
  • 兵庫医科大学医学研究科 生体機能学
  • 兵庫医科大学医学研究科 胸部腫瘍学
  • 中皮腫臨床試験センター
  • 理化学研究所 発生再生科学総合センター
  • 京都大学大学院医学研究科呼吸器外科学
  • 京都大学大学院医学研究科再生医科学研究所
  • MDアンダーソンがんセンター胸部外科(アメリカ)
  • カリフォルニア大学デービス校腫瘍内科学(アメリカ)
  • チッタゴン科学技術大学医学部外科学(バングラデシュ)
  • トピックス
  • 新たな試み
  • 研究領域の展望

トピックス

  1. (1)肺がんの遺伝子背景(いわゆるオーダーメード治療)

    肺がんの生物学的特性を解明しようと探索的研究を開始しました。
    間の顔が一人一人違うように、同じ「肺がん」と一括りに言ってもその生物学的特性は個人個人によって違っています。ですから、画一的な治療よりも「その患者さんの肺がん」に合わせてあつらえた治療の方が効果を期待できるのです。
    では、「肺がんの顔」にあたるものは何でしょうか?それはがんの遺伝子背景だと考えられています。そこで、当科では患者さんのがん細胞の遺伝子を分析し、個人個人の遺伝子背景に基づいた治療法を選択しています。これがいわゆるオーダーメード治療です。この成果の一部は実際に臨床応用しています[1, 2](図1). たとえば、(1)上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異によるEGFRチロシンキナーゼ阻害剤Gefitinib[イレッサTM]使用の選択、(2)TS/DPD発現に基づく5-FU系抗がん剤(UFT・TS-1)使用と用量選択、などがあげられます[3, 4]

    図1 PCR-SSCPによる上皮成長因子受容体(EGFR)変異の解析

    また、最近では一人の患者さんに2つ以上同時に肺がんが見つかることも珍しくありません。もしも一方のがんがもう一方からの転移であればかなり進行した肺がんに分類されますが、各々が別々に発生した独立した肺がんであれば進行度は早期と考えられ、治療方針が全く異なります。今まで両者の区別は困難でしたが、遺伝子を解析すれば明快に区別できることがあります。例えば、一方がEGFR変異(+)、もう一方がEGFR変異(-)であれば、これらは「別々のがん」とわかります。このようにして、不適切な治療をできるだけ減らすことにより、的確な治療ができると考えています[5]

  2. (2)胸部悪性腫瘍に対する集学的治療

    当科では、外科治療を含めた集学的治療によって肺がんならびに悪性胸膜中皮腫などの胸部悪性腫瘍について治療成績のさらなる向上を目指しています[6, 7]。特に手術後の補助化学療法についてはその効果と毒性に関する知識と経験に加えて、切除した腫瘍組織から得られる生物学的特性(たとえば、肺がんにおける血管新生促進因子および阻害因子、がんに関わる遺伝子変異など)を根拠に治療効果を高めようと努めております[8-11]。

  3. (3)診断の向上をめざして

    肺がんの治療成績に決定的な影響を与えるのは縦隔リンパ節への転移の有無です。これを確実に診断することが正しい治療への第一歩といっても過言ではありません。しかし、従来の画像診断(CT、MRI、FDG-PETなど)では誤差がかなり大きいことがわかってきました。より正確な診断法として従来から縦隔鏡という検査法がありますが、全身麻酔を必要とする一種の手術であり、患者さんへかける負担が大きくなります。
    当科では開設以来、最新の診断法である超音波気管支鏡ガイド下針細胞診(EBUS-TBNA) を行ってきました。これは局所麻酔下に超音波を用いて縦隔リンパ節の組織を採取するものです。我々はEBUS普及のために学会などでハンズオンセミナーでの指導を行うと共に、JMTO(LC07-02)多施設臨床研究(「超音波気管支鏡下細胞診による肺がん患者の縦隔リンパ節転移の診断に関する妥当性試験」UMIN試験ID:UMIN000001280)の主幹施設としてエビデンスの確立に努めています。
    さらに新たな診断法の開発として、 EBUS検体に対する遺伝子解析をすすめております。悪性腫瘍の縦隔リンパ節転移や縦隔疾患に対するEBUS検査により、比較的低侵襲な方法で縦隔病変の細胞・組織を採取することが可能となりました。得られた検体を用いて、高感度な診断法の確立を目指しています。 通常の病理組織学的検査による診断以外に加えて、遺伝子解析による診断研究を行なっています。一部の成果はすでに臨床診断および治療に応用しています

    図2 超音波気管支鏡によるリンパ節生検

新たな試み

最近になって、がん細胞が比較的早期から血液の中に流れ込むことがわかりました。つまり、一見早期のがんでも実は既に体中に広がっていることがあるのです。これを循環血液中腫瘍細胞(CTC)と言います。実際、手術後に悪性胸膜中皮腫、肺がんなどの胸部悪性腫瘍が再発・転移をきたす一因として、循環血液中の腫瘍細胞CTCの存在が指摘されています。したがって、この腫瘍細胞数CTCを測定すると治療効果の判定や再発・転移の危険度を予測できると考えます。つまり、 CTCはがんの早期診断・治療方針の決定・治療効果の判定に非常に重要な情報なのです。この技術は、日本はもとより世界中でもまだまだごく一部の施設でしか導入されていませんが、米国FDAは乳がん治療において既にCTCを認可しており、今後急速に普及してゆくと考えられています。
当科では近年以前から、胸部悪性腫瘍における循環血液中腫瘍細胞(CTC)に関する研究を行っております(図3)。基礎的研究の成果を得て、われわれは既に日常臨床でこのCTC測定を開始しています。いくつかの驚くべき発見もあり、専門誌や学会で発表しています(例えば、早期の肺がんでもほぼすべての症例で既に肺静脈の中にがん細胞が存在する、など)[12, 13]。
血液検査にて腫瘍細胞を効率よく検出するシステム(セルサーチシステム)を用いたこれまでの研究成果をさらに充実させて、実際の診療へ役立てたいと考えています。

図3 循環血液中腫瘍細胞(CTC)に関する研究

研究領域の展望

当科の理念は「自分や自分の家族が受けたい医療を行う」ことです。今後も地に足のついた呼吸器外科の臨床診療が根幹であると考えています。最新・最良のエビデンスに基づきながらも、これに振り回されることなく、ひとりひとりの患者さんにとっての良き治療を提供することを使命と考えています。この理念のもとに、これからも研究を継続し、新しい方法・技術・知識を築き上げることが重要です。これからも対象とする疾病に対して、外科的治療を基盤として化学療法・放射線療法・その他の治療法や、分子生物学的背景・免疫学的知見・細胞生物学的な知見もふくめた診療を目指しています。また、新たな科学的発展を目指し、呼吸器領域における分子生物学、発生学、組織再生、腫瘍モデルなどのテーマにも取り組んでいます[14-16]

[参考文献]

  1. 田中文啓,長谷川誠紀, 【肺がんオーダーメイド治療の現況と今後の展望】 バイオマーカーに基づいた肺がん化学療法の個別化. 外科治療, 2009. 100(3): p. 235-241.
  2. 田中文啓, et al., 遺伝子発現プロファイルに基づく非小細胞肺がん術後補助療法の個別化の検討. 肺がん, 2004. 44(5): p. 338.
  3. Tanaka, F., UFT (tegafur and uracil) as postoperative adjuvant chemotherapy for solid tumors (carcinoma of the lung, stomach, colon/rectum, and breast): clinical evidence, mechanism of action, and future direction. Surg Today, 2007. 37(11): p. 923-43.
  4. 田中文啓, 【肺がん分子標的治療 その後の展開】 肺がんのアジュバント治療と分子標的. がん分子標的治療, 2007. 5(3): p. 195-205.
  5. 多久和輝尚, et al., 腺がん関連病変同時多発例の遺伝子学的検討. 肺がん, 2008. 48(5): p. 475.
  6. 長谷川誠紀, et al., 悪性胸膜中皮腫の治療戦略 欧州と我が国の臨床試験の現状と対策 悪性胸膜中皮腫に対する集学的治療の多施設共同臨床試験(科学技術振興調整費). 肺がん, 2008. 48(5): p. 442.
  7. 長谷川誠紀, et al., 悪性中皮腫に対する集学的治療 悪性胸膜中皮腫に対する胸膜肺全摘術を含めた集学的治療. 日本がん治療学会誌, 2007. 42(2): p. 314.
  8. 田中文啓, et al., 非小細胞肺がん(NSCLC)における血管新生の評価法. 肺がん, 2003. 43(5): p. 484.
  9. 田中文啓, et al., 悪性胸膜中皮腫に対する集学的治療の現況 悪性胸膜中皮腫に対する集学的治療. 日本外科系連合学会誌, 2008. 33(3): p. 453.
  10. 田中文啓, 奥村好邦, and 長谷川誠紀, 【非小細胞肺がんに対する化学療法の最新動向】 非小細胞肺がんの術後補助化学療法. 呼吸器科, 2006. 9(2): p. 117-123.
  11. 田中文啓, 奥村好邦, and 長谷川誠紀, 治療 非小細胞肺がん Induction Induction therapy後の外科療法の問題点と工夫. MOOK肺がんの臨床, 2006. 2005-2006: p. 281-289.
  12. Okumura, Y., et al., Circulating tumor cells in pulmonary venous blood of primary lung cancer patients. Ann Thorac Surg, 2009. 87(6): p. 1669-75.
  13. 田中文啓, et al., 末梢循環血液中血管内皮細胞(CEC)を指標とした悪性胸膜中皮腫の診断. 肺がん, 2008. 48(5): p. 469.
  14. Matsumoto, S., et al., Monitoring with a non-invasive bioluminescentin vivoimaging system of pleural metastasis of lung carcinoma. Lung Cancer, 2009.
  15. 近藤展行, et al., 気道損傷と再生 マウスES細胞から誘導した血管内皮細胞モデルの構築 気道再生における血管内皮細胞の関わり. 気管支学, 2005. 27(3): p. 181.
  16. 多久和輝尚, et al., COPDを合併した肺がん症例に対する肺葉切除術 チオトロピウム吸入の有用性. Therapeutic Research, 2008. 29(1): p. 69-72.
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