対象となる病気target diseases

悪性胸膜中皮腫

このページでは当科の特徴である、悪性胸膜中皮腫に対する治療の方針、手術件数、手術の結果、及び患者様からよく寄せられる質問に対しお答えいたします。

切除可能な中皮腫の治療方針について

悪性胸膜中皮腫は非常に予後の悪い悪性疾患です。
中皮腫に対するどの術式も体に対して大きなダメージを与えてしまいます(大侵襲手術)。したがって、中皮腫に対する外科治療は非常に慎重におこなわれるべきだと考えています。

当科の基本方針

(1)基本は「肺を温存する」(Q5を参照下さい)

片肺を全部摘出する術式は、術後の生活の質に大きく悪影響を及ぼします。私達も以前は胸膜肺全摘術(EPP)を行っていましたが、2012年秋からは肺を温存する術式(胸膜切除/肺剥皮術、P/D)を主な術式にしています。現在P/Dを約100例行いましたが、生存成績はEPPと同等かそれ以上です。


(2)必ず集学的治療を行う

集学的治療とは、1つの治療法だけでなく、複数の治療法を併用してより良い成績を目指すもので、手術+化学療法(+放射線療法)を行います。集学的治療は我が国をはじめ世界中のガイドラインで推奨されている方法です。そのため、当科では必ず手術の前に化学療法を行う(導入化学療法)ことにしています。


(3)予後が不良と予測される症例では手術をしない

前述のように、中皮腫の手術は大侵襲手術です。手術をしても予後が不良と予測される患者さんには、手術を行わないことが大切と考えています。
予後が不良と予測されるのは以下の場合です。

  • 上皮型ではないタイプ(肉腫型は手術ができません。二相型もお薦めはできません)
  • 導入化学療法を行っても病気が進行するケース
    当科のデータではこのようなケースは非常に予後不良でした。

(4)登録制度

当科では、治療を開始する前に患者さんと十分に相談し、同意を得られた場合に術前化学療法前に登録を行います。
登録制度を守ることでデータの信頼性が得られます。
手術が無事にできた患者さんだけの統計を取れば、結果は良い方に修正されます。
たとえば、手術を受けるつもりだったが、その後の経過で手術を受けられなかった患者さんなどもデータとして残すことで、はじめて真の生存率が現れるのです。

手術件数について

悪性胸膜中皮腫に対する外科治療の実績は、世界でもトップレベルとなっており、上記の当院における手術件数を示すグラフの通り年々増加しています。2017年1月~12月は、胸膜切除/肺剝皮術(P/D)28例、胸膜肺全摘術(EPP)3例でした。

手術の結果について

(1)全登録症例と手術の有無

2004年の当科創設以来、2017年12月31日までに計205名の患者さんが術前登録されました。手術あり、手術なし群の生存率は以下のグラフの通りとなっています。

(2)術式別生存率

当科での手術は3群に分類されます。

  1. 1. 前期EPP:2004年から2009年に行われたEPP(標準的EPP)
  2. 2. 後期EPP:2009年以後現在まで行っているEPP(胸腔鏡を用いる低侵襲EPP)
  3. 3. P/D:2012年秋以降の主術式

以下に、術式別の生存率グラフと、術式別の手術データ・死亡率をお示しします。

現時点では、P/Dの生存成績はEPPと同等かそれ以上です。


(3)導入化学療法で病勢進行した場合、試験開胸に終わった場合、手術可能だが手術を忌避した場合はどのような経過をたどったか?

よくあるご質問

Q1. 胸膜とは何ですか?

胸膜は肺と胸壁との間にある袋状に閉じた空間を形成する二重の膜で、外側の胸壁の膜を壁側胸膜、肺の表面の膜を臓側胸膜と呼びます。正常の胸膜はサランラップ程度の厚さ(数十ミクロン)ですが、がん化すると数㎜以上に肥厚します。

このページでは当科の特徴である、悪性胸膜中皮腫に対する治療の方針、手術件数、手術の結果、及び患者様からよく寄せられる質問に対しお答えいたします。

Q2. 悪性胸膜中皮腫とはどんな病気ですか?

悪性胸膜中皮腫とは胸膜の“がん”(正確には胸膜を構成する中皮細胞のがん)で、比較的稀な腫瘍です。発生にはアスベスト(石綿)の吸入(曝露)が強く関わっています。アスベストによる健康被害が問題となり、我が国でも2006年に全面使用禁止とされました。しかし、悪性胸膜中皮腫はアスベストの曝露から30-40年経って発生する為、今後も患者さんが増え続けると推測されます。アスベストの曝露方法は職業曝露(職場でアスベストを吸入した場合)と環境曝露(アスベストを扱う工場の近くに居住しており飛散してきたアスベストを吸入した場合)の2通りがあります。
壁側胸膜から発生した悪性胸膜中皮腫は、最初は袋状の胸膜の中で増殖します(ⅠA期)。次に隣接する肺、横隔膜、縦隔脂肪、心膜や限局性に胸壁(ⅠB期)します。さらに同側の胸腔内リンパ節に広がります(Ⅱ期、ⅢA期)。やがて、広範囲に胸壁に浸潤、心臓・大血管・気管・食道や腹腔内に進展、また対側の胸腔内リンパ節に転移します(ⅢB期)。最終的に遠隔臓器に広がります(Ⅳ期)。一般的に手術で切除出来るのはⅢA期までです。このような進行度は一般にIntemational Mesothelioma Interest Group (国際中皮腫研究会:IMIG)分類が使用されています。

Q3. 悪性胸膜中皮腫の治療法、
及び兵庫医大での治療プログラムはどのようなものですか?

手術によって悪性胸膜中皮腫の完全切除が期待できる場合(Ⅰ期からⅢ期)は、手術に耐えられるかを判定しうえで手術を含めた治療(集学的治療)を計画します。
手術には胸膜と肺を一塊に切除する胸膜肺全摘(EPP:Extrapleural pneumonectomy)と胸膜のみを切除する胸膜切除/肺剝皮術(P/D:Pleurectomy/decortication)があります。
切除不能な症例(ⅢB期・Ⅳ期)や体力的に手術に耐えられない場合は化学療法(シスプラチンもしくはカルボプラチン+ペメトレキセド)を計画します。

当院での集学的治療の流れは上図の通りとなります。手術を行う場合、まず術前化学療法を3コース行った後に、手術を行います。胸膜肺全摘を行った場合、術後に放射線療法(54Gy/30回)を追加します。一方、胸膜切除/肺剝皮術を行った場合は、肺が残存する為、放射線療法を行うことが難しいので化学療法を再度行います。

Q4. 手術の適応になるのはどんな場合ですか?

悪性胸膜中皮腫に対する手術(胸膜肺全摘、胸膜切除/肺剝皮術)はいずれも非常に侵襲の高い手術である為、その適応に関しては慎重に決定をしています。その為に詳しく全身の検査を行います。具体的には、採血、CT、FDG-PET/CT、肺機能、心電図、心エコー、肺換気・血流シンチグラム等が挙げられます。また、悪性胸膜中皮腫の確定診断に至った生検検体を再度当院の病理部で検討し、組織型を判定します。

当院では現在、以下の項目を参考に手術適応を決定しております。

  1. (1)80歳以下(全身状態次第です)。
  2. (2)大きな合併症(心臓、肝臓、腎臓)や既往歴がない、
    日常生活で歩行等を問題なく行える。
  3. (3)肺機能、心機能が手術に耐えられる。
  4. (4)組織型が上皮型である
    (他の組織型:肉腫型、線維形成型、二相型は非常に予後が悪いため)。
  5. (5)進行度Ⅰ、Ⅱ、ⅢA期。
  6. (6)術前化学療法3コース終了後に病勢がコントロールされている。

Q5. 2つの術式がありますが、胸膜肺全摘術(EPP)と胸膜切除/肺剥皮術(P/D)はどう違うのですか? また、P/Dを受けた患者のQOLはEPPを受けた患者に比べ、どの程度良好なのでしょうか。

2つの手術の最も大きな違いは、“肺が残るか残らないか“です。
胸膜肺全摘術は片側の胸膜と肺(場合によっては心膜、横隔膜も)を全切除する術式です。非常に侵襲の大きな手術で、合併症の発生率も高く、心臓への負担もかかります。

当院のデータでは、術前に比べて術後の呼吸機能低下がP/Dで22%、EPPで40%となっておりこの差は大きいと考えます。

Q6. 手術の前に化学療法をしていると、その間にも病気が進行してしまって、手術のチャンスを失うのではないですか?

この事につきましては、非常に多くの患者様からご質問を頂いております。現段階では悪性胸膜中皮腫に対する決まった治療プログラムのガイドラインは無く、先に手術を行う病院もあります。

当院が、先に化学療法を行う理由としては以下の点が挙げられます。

  1. (1)化学療法により腫瘍の縮小を図り、手術での肉眼的完全切除(MCR)達成率を向上させる為です。
  2. (2)化学療法無効例は手術をしない方が良いと考えます。化学療法を行ったにも関わらず腫瘍が進行した症例は腫瘍の悪性度が非常に高く、予後不良です。非常に侵襲の高い手術ですので、手術による患者様の利益、不利益を考慮し当院では現在、このような症例に対しては手術を行っていません。それらを見極める意味合いで先に化学療法を行っております。

実際のデータをお示しします。2017年末までに術前化学療法を開始した205例のうち、20例(9.8%)で化学療法中に病勢進行があり、手術不適応となりました。この、手術不適応となった方は、術前化学療法の後に手術をお受けになった方に比べて著しく予後不良でした(生存中央値11.0ヶ月vs 44.0ヶ月)。もしもこの20例の方が手術をお受けになっていたら、術後非常に早期に再発していたと思われます。

Q7. 胸膜切除/肺剥皮術(P/D)はEPPに比べ再発のリスクが高い」と聞きました。この点につき、貴院の見解をお聞かせ下さい。侵襲の大きいEPPに耐えられる身体状況であるとしても、貴院ではP/Dを優先的に選択されているのでしょうか?

10年ほど以前までは同じ議論が世界中でおこなわれていました。しかし、2008年に両術式の生存率を調査した結果、生存率に差が無かったとの論文がでて、流れは大きく変わりました。現在ではすでに胸膜肺全摘術(EPP)を第1選択とする施設は世界にほとんどありません。
当院では2012年秋から胸膜切除/肺剝皮術(P/D)を開始し、現在ではまずはP/Dを企図し、術中にP/Dで肉眼的根治切除が不可能な症例で、肺機能が問題なければ胸膜肺全摘術(EPP)を行っております。
実際、当科のデータでも、生存中央値がEPP前期、EPP後期、胸膜切除/肺剥皮術(P/D)でそれぞれ17.5、42.0,57.0ヶ月、EPP後期とP/Dの生存率曲線はほとんど重なります。3年生存率はEPP後期が61.8%、P/Dは70.3%となっております。

Q8. 胸膜切除/肺剥皮術(P/D)後に再発した場合、どう治療するのでしょうか。胸膜肺全摘術(EPP)を行うのでしょうか。

再発後に胸膜肺全摘術(EPP)を行うことはありません。再発の部位、性状(局所再発か遠隔再発か、孤立性か多発性か)によって治療方法は異なります。当院では毎週火曜日に、呼吸器系合同カンファレンス(内科、外科、放射線科、病理科)で治療方針について詳細に検討し決定しています。現在では、再発に対して化学療法、手術による切除、放射線療法、ラジオ波焼灼術(RFA)等を行っておりますが、場合により呼吸器内科に依頼して臨床試験(新薬や遺伝子治療、免疫療法など)に参加していただく場合もあります。

Q9. 兵庫医大を受診したい気持ちがあるのですが、遠方に住んでおり、度々受診するのが難しいため、そのような場合の初診からの治療の流れを具体的に知りたいです。初診後、ある程度長期的に入院して検査、化学療法、手術など一連のプロセスを受けるのでしょうか。できるだけ早く治療を受けたいのですが、もし今月中に初診を受けられた場合、治療が始まるのはいつ頃になりそうでしょうか。

当科の患者さんのほとんどは全国各地からのご紹介の方で、北海道から九州まで広く来院されています。手術までに何度も来ていただくのは本意ではありませんので、多くの場合以下の様な方法をとっています。

  1. (1)主治医の先生から紹介状+資料をお送りいただき、当科で検討。
  2. (2)手術適応がありそうなら、一度当科に来院いただき、治療のご説明(具体的な方法、危険度、術後の経過など)と手術への意思の確認を行う。
  3. (3)術前化学療法(多くの場合は地元病院で)を3コース行う。
  4. (4)化学療法の効果判定のためCT、PETなど行い、2回目の兵庫医大来院をしていただく。
  5. (5)化学療法の効果判定がOKで、ご本人も手術を希望される場合、第3回目の化学療法投与日から4-8週の期間に手術を行う。

およそ以上のような手順です。少しでも来院回数を減らすため、上記4の部分を1泊2日で来ていただき、術前の検査や麻酔科の診察なども全部やってしまうことが多いです。なお、以下の場合はたとえご本人が手術を希望されてもお引き受けできません。

  1. (1)肉腫型中皮腫の場合。二相型もあまり成績が良くないので、積極的にはすすめられません。
  2. (2)化学療法の効果判定で病状進行と判断された場合。